ちいさな洞窟

娘との日々

きのうの続きです

きのうのブログの続きです。
今日の手紙は、すこしむずかしいかもしれません。
小学校5年生くらいになったら読んでくださいね。

昨日、あまり好まない料理を食べたときにちーちゃん(4歳)が発する「うん、おいしい」というセリフについて書きました。それはあなたの「気づかい」で、その配慮に伴う「慎重な言い回し」だと書きましたが、なにか言い足りない気がしていました。
 
きのうの夜、会社から歩いて帰る道中、ふとアイデアが降りてきました。……そうか。ぼくはちーちゃんに「はぐらかされていた」のだと。
 
昨年あなたとスワンボートを漕いだ洗足池にさしかかったころ、陽が落ちた暗い住宅街でぼくはひとり「そうか~」と膝をうちました(あたりにはひとっこ一人いません)。的を射ることばが見当たらずモヤモヤした気持ちがあるとき、フッとそれに言葉を与えることができた瞬間です(うれしい)。やはり、町を歩いていると、アイデアがわいてきたり、急に思いついたりしますね。
 
前にも少し書いたように思いますが、ちーちゃんが小さいころ、ぼくはあなたの食生活が偏らないように気をつけていました。なるべく多くの種類の料理を食べてほしかったので、ふだん食べない料理にトライするように、たびたび促していたように思います。

そういった事情があり、パンコントマテでドリアを食べたあなたが「うん、おいしい」と感想を言うのを聞いて、ぼくは「ああ良かった。新しい料理を食べられるようになった。これでちーちゃんの味覚に新しい領域ができた」等と思い、安心したのだと思います。実際、その「おいしい」を聞いて安心したぼくは自分の皿に意識を戻し、あなたが、一口、そのドリアを食べ、そしてふたくち目にはもうミートソーススパゲティを食べていたことをさほど気にしなくなっていたのです。
 
この「うん、おいしい」は本心ではなく、意味合いとしてはまったく別の意思を表わしていました。そのセリフは、ぼくの注意をそらす役目をもっていたということです。だから、ぼくは、はぐらかされていたのです。もし「まずい」とか「おいしくない」とあなたが言えば、ぼくはきっと「そんなことはないはず。よく味わってたべてみては?」とか「ほら、バターの味がするよ?」とか「お、このアサリ、冷凍ものじゃないね!」(ボンゴレの場合)等と、うるさいことを言い出したかもしれません。
 
ぼくはあなたの親ですから、あなたにとって見慣れない料理を食べるように促し、背中を押す意味で、いろいろと言うわけです。そして、意識的にか無意識的にかは問いませんが、そのあたりをあなたは分かったうえで、ぼくの二の句(「ほら、おいしいよ。食べてごらんよ」)を回避するすべを持っていたということなのではないでしょうか。その場をやりすごす作戦を実行していたのです。
 
斯く斯様に、あなたとの食卓はスリリングだったのです。見えていること以上にダイナミックなやりとりがあったのです。
 
「うん、おいしい」こそが呪文のことば(おまじない)だったのですね。完敗です。きのう、いまさらながらに気がつきました。いやはや、やるね、ちーちゃん。